≪ ようこそ、巨勢町の史跡、神社仏閣へ≫
巨勢まちづくり協議会では、令和3年度、町内の史跡等のうち、説明文が読めない老朽化した案内パネルについては更新するとともに、これまでパネルが設置されていなかった史跡等には新たなパネルを設置し、これらパネルにはQRコードを載せて、この「つながる巨勢」のページをご覧いただけるようになります。また、今回パネルを更新しない史跡等についても、現地だけでなく「つながる巨勢」の中で掲載文章などをご覧いただくことができます。さらに、現地にパネルがなくても巨勢歴史マップ(令和3年発行)に載っている史跡等について、「つながる巨勢」の中で取り上げています。
≪「地蔵」について~「巨勢歴史マップ」(令和3年発行)の説明文≫
この地蔵は、天明5年(1785年)の郷村地図に記載され、古くからこの地の人々の信仰を受けていました。地蔵は病気平癒や庶民のいろいろな苦しみを、慈悲をもって救ってくれる菩薩として信仰されてきました。とくに子供や幼児を守るといわれ、子育て地蔵ができたり、赤いよだれかけを見かけたりするのもそのためでしょう。この地蔵は両手でしっかり宝珠を持っておられます。
≪補足説明~「巨勢の歴史散歩」(平成元年発行)より引用≫
地区の中程に観音堂があるが、天明の地図にも記載されていて古くから地区の信仰を集めている。その隣に雷神をまつっているが、珍しいことであるがこの地域で雷の災害の激しさを物語っているといえよう。また、西の端に地蔵さんがまつられているが、これも天明地図に記載されている。傍らの橋も地蔵橋という。地蔵の傍らに庚申塔、青面金剛が祭られている。地図で見ると郷蔵(備蓄米倉庫)も地区の中程にみえる。
≪地蔵の動画≫
≪巨勢町内の史跡等マップ≫ ➡ 史跡等データベース トップページ
≪巨勢町の歴史探訪コース≫
*巨勢町西部の史跡等を回るコースです。
・しっかりコース(距離4.5㎞)
㉗巨勢公民館⇒①堂屋敷跡⇒②六地蔵 ⇒③元忠寺跡と山王社跡⇒④二木大明神(循誘校区)⇒⑤構口番所跡(循誘校区) ⇒⑥巨勢神社⇒㉗巨勢公民館
・こじんまりコース(距離2.8㎞)
㉗巨勢公民館⇒①堂屋敷跡⇒⑦高尾藤棚跡⇒⑧竈王院⇒⑨高尾お倉跡 ⇒⑩真崎照郷記念碑⇒⑥巨勢神社⇒⑪肥筑軌道高尾駅跡 ⇒⑫小児天満宮⇒㉗巨勢公民館
*巨勢町東部の史跡等を回るコースです。
・たっぷりコース(距離6.0㎞)
㉗巨勢公民館⇒㉑安福寺⇒㉒応永寺跡⇒㉓売茶翁記念碑⇒㉔小田資光の墓⇒㉕八幡宮⇒㉖保食神社⇒⑲地蔵⇒⑰機械灌漑記念碑⇒⑱二十三夜尊⇒⑮大神宮⇒⑭戸次塚⇒㉗巨勢公民館
・じっくりコース(距離4.3㎞)
㉗巨勢公民館⇒⑬法専寺⇒⑭戸次塚⇒⑮大神宮⇒⑯柳原観音⇒⑰機械灌漑記念碑⇒⑱二十三夜尊⇒⑲地蔵⇒⑳修理田神社(熊野権現社)⇒㉗巨勢公民館
・さしあたりコース(距離2.6㎞)
㉗巨勢公民館⇒⑬法専寺⇒⑭戸次塚⇒⑮大神宮⇒⑯柳原観音⇒㉗巨勢公民館
≪次の探訪先~コースに沿って≫
*⑰機械灌漑記念碑(たっぷりコース) →機械灌漑記念碑のページ
*⑳修理田神社(熊野権現社)(じっくりコース) →修理田神社(熊野権現社)のページ
≪参考≫